
ふと、流山商工会議所のホームページを見ていた際に
ながフェスというものがどうやら存在しているそうで
森本稀哲さんの無料講演会があったりと、面白そうだなーと思ってみてました。
もしお時間があれば多分面白いと思いますので皆さま奮ってご参加ください。
さて、何でこんなことを書いたかというと、流山商工会議所というと「ながれやマン」ですね!(誰も知らない?)

こんな感じの
こんな純和風なゆるキャラを見ていたら、「そうだ!神社に行こう」と思い、今回は浅間神社に行ってみました。
ということで浅間神社に行ってきました

流鉄流山駅から徒歩3分。
住宅街を抜けるとそこに見えてくるのが『浅間神社』です。
浅見家初代によって浅見家の鬼門と裏鬼門にそれぞれ「浅間神社」と「箭弓稲荷」を江戸時代初期正保元年(1644年)に創建されたそうです。
享保元年(1761年)庚申塚が築かれた頃から、町内の社となったそうです。その頃はまだ小さな祠さまだったと考えられています。
その後 安政4年(1856年)台風の被害で倒壊し、5代目浅見平兵衛萬蔵氏が再建されたと本殿左側の石碑に刻まれていました。
また、それと同時に明治19年から22年に岡庭船運業に依頼をし、富士山の溶岩を運搬して富士塚を造成し、社屋の再建をして今に至っているそうです。
鳥居を入って右側に天満宮さまが祀られております
祭神さまは「木花咲耶姫」コノハナサクヤビメ。
昔話によると、甘酒をお乳の代わりに飲ませたとも言われる安産や子育ての神さまです。
境内には金比羅大神と阿夫利大神の碑がり、それは明治時代に醤油醸造を営んでいた「浅見平兵衛」が醤油の安全な船による運搬を祈願して建てた石碑であるそうです。
天満宮は境内の右に鎮座し
庚申塚は境内の左側に建っています。
富士塚にも行ってみた
ながれやまの富士塚。かなり急こう配です
富士塚(流山富士)の高さはおよそ6m。
社殿の裏手にあり頂上には「富士浅間大神」と書かれた石碑が建っており、流山市の有形文化財にもなっています。
地元では「パワースポット」としても親しまれている浅間神社。
かつて江戸庶民は富士塚に登って願いや想いをお参りすると、本当の富士山に飛び成就されるとし、信仰の対象になっていました。
また火中で出産したとされる木花咲耶姫さまが、御祭神さまであるとなると「安産」「子育て」「縁結び」「夫婦円満」など
流山市にぴったりなご加護かもともいわれております。
かなり急こう配なので、気を付けて登った方がいいと思いますが、ご利益があるので、是非登ってみては
いかがでしょうか。

よろしかったら、そんな浅間神社へお参りされてはいかがでしょうか。




