皆さんこんにちは。 「庚申塔」というのをご存知でしょうか?

庚申塔とは日本仏教における信仰の1つで「青面金剛像」という文字を彫り込んだ石塔が立っているのを「庚申塔」と云います。昔「庚申信仰」が広く行われていた集落のはずれにある名残のようなものです。

本日はその「青面金剛庚申塔」のお話をさせて頂きます。

流山3丁目の流山キッコーマン沿道(万上通り)に面して鎮座されている庚申さま。

江戸時代(1740年)に建立された板碑は(幸せの小窓)付きの祠の中に祀られています。

幸せの小窓とはお賽銭を投げ入れる為の小窓です。

その祠の右手には1818年造立の庚申塔がありその土台には三猿が掘られています。

流山3丁目自治会が管理されてる庚申塔などは平成23年に流山市指定有形民俗文化財に指定されました。

流山市指定有形民俗文化財である庚申さま

庚申講は平安時代に発祥し、江戸時代には全国に広まったとされている旧暦60日に1度の庚申(かのえさる)の夜に、眠ると人の体内に棲んでいる「三尸(さんし)」という虫が天にのぼり、天にその人の日頃の行いを報告し寿命を縮めるという言い伝えがあります。

その日は身を鎮め虫が脱げ出さないように徹夜して過ごしたことから始まり、江戸時代には全国の農村などで流行った行事のようなものでした。その後、徐々に米や野菜、お金などを持ち寄りみんなで飲食、歓談などをして過ごすようになりました。

昔は今と違い、なんの娯楽もなかったですから寄り集まるそのような風習が楽しみの1つだったのでしょう。

近頃では人々の生活風習も変わり徹夜で語らうような事もなくなりましたが、昔は本格的な勉強などが出来なかった庶民からすると、講を組んでその共通の目的のために講を利用して積み立て貯金などをしてなにかの祈念する満願の日は楽しみだったのだと思われます。

今ではそのような庚申講そのものは行われていないようですが、毎年初庚申の日には飾り付けとお供えをして無病息災と五穀豊穣を祈願して流山3丁目自治会がお祭りを続けられているみたいです。   諸説色々あるようですが、庚申信仰とは無病息災した不老長生を念じる庶民の心からの願いの表現方法であり、娯楽の少なかった昔の人々につかの間の憩いのひとときを与えるものだったのかもしれませんね。 確かに現代の生活習慣においては、集まり事をする機会を見出すのは難しいのかも知れませんが、古くからある言い伝えを子どもたちの代まで伝えられたらきっと現代社会における理不尽な事件等からも、近隣住民の力で守れるのではと思いました。

 

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