こんにちは。
先日ホームページの大枠の再検討を行ったところ
基本的な事書いていないなぁと気づき、今回は基本的なお話として
何故政治家を目指すのかというそのキッカケと、何故流山市で政治をしたいのか
この2点についてお話させて頂ければと思います。
政治家を目指すきっかけ:祖母の介護から見た在宅介護の大変さ
私の祖母はもう6年前に99歳で他界しましたが
私自身が社会人2年生の頃から既に在宅介護でした。
少しづつ弱まっていき、90歳を過ぎたころには寝たきり状態となりました。
その際に家族として「生きること」と「死ぬこと」に関して様々な選択を迫られました。
胃ろう(胃に穴をあける手術)を行うか否か
点滴で延命治療を行うか否か
このような選択を常に家族として迫られてきました。
また、そのような選択のみでなく、普段の生活においても、それだけの状況になってしまうと
必ず一人は常に見ていないといけない状況になります。
そのような状況を経験し、他界した祖母ですが
全てが終わった際に父から「延命は失敗だったのかね・・・」
という言葉を言われ、その時点で、「今までやって来たことは何だったんだ?」という気持ちに駆られました。
ちなみにその3年後、母親も脳梗塞で植物人間となりました。
その際に元気な時に私に「祖母みたいな延命はしないでくれ」と言われたため
延命治療は行いませんでした。
この2つの選択ですが、どちらが正しくてどちらが間違っているかというのは
答えは無いと思います。
単純に、父は祖母と寄り添いたい
私は母親の意向に沿った形にしたい
というだけなので、どちらも正解であると考えます。
世の中には死亡論という学問がある
世の中には死亡論という学問があります。
周りの人間が死とどう向き合うか
これには答えはありません。
なので、その答えに寄り添えるような人間になりたい。
介護を行う人々が、少しでも「寄り添えて幸せだった」と言えるような社会を作りたい
そう考えたのが政治家を志すキッカケとなりました。
何故流山なのか?
さて、何故流山なのか?という点についてお話させていただきます。
流山市はファミリー世代が多く集まる市として昨今人気がある市です。
当然その中に高齢者もおります。
しかしながら、高齢者がおざなりになっているとは思いませんが
最近の政策としてはおおたかの森の開発がメインとなっているように感じます。
ファミリー層と高齢者が共存できる街づくりを
どちらかに偏ると必ずどちらかの比重が軽くなってしまうのは
誰でもわかる話であると思います。
ですので、私はファミリー層と高齢者層が共存できる街づくりを目指していきたいと思って
私は数ある市の中から流山市を選びました。
例えば、複数の町内会や自治会で行うお祭りやイベントなどを増やすことで
おおたかの森が出来た頃より昔から住んでいる住民と、新しく入ってきた住民
また、これから新しく入ってくる住民が全て共存できるような街づくりを目指していければと
私は考えます。
その結果、様々なシンジゲートが産まれてくるものであると思います。
そして、お金で解決する市でなく地域協力で解決する市にしていくことで
「森のまち」から「森と生きる温もりのあるまち」に進化させていくことが
これからの流山市に必要であると思いますし、それが出来る力が私にはあると確信しているため
今回流山市で政治活動を行おうと考えました。
その他にも様々なご意見はあると思いますが、全てお伺いします。
是非、私の政治活動にご理解、ご協力いただければ幸いでございます。



